140字で足りないこと

最近「うみねこのなく頃に」を始めました。

ひぐらしのなく頃に業・卒とはなんだったのか

ひぐらし業卒、すごい話だ…

 

それが言いたいだけのフランクな記事ですが、結構核心めいたところにも突っ込んでいくかもしれません

 

まず雛見沢症候群って何だったの? という話をしたいんですが…

 

コミカライズ「ひぐらし巡」の郷壊し編では、業卒世界における雛見沢症候群の設定が明言されました

曰く「羽入が消失したことにより、自然発症(末期発症)しない」らしいです

 

まあ、このへんはアニメ「ひぐらし卒」でも(明言こそされないものの)描写はありましたね。郷壊し編で沙都子が末期状態から完治してましたし、それについて梨花は「誰かさんの疑心暗鬼が治ったからだ」とか言ってますが…

 

つまり羽入が諸悪の根源なんじゃないの?

 

たぶん、そう…

要は、この「部活メンバーの誰かが疑心暗鬼に囚われて惨劇を起こす」…いわゆる旧作におけるルールXってのは、人の世に絶望して人間不信に陥った羽入が自らに課したゲームなわけですよ

疑心暗鬼をトリガーに惨劇が起こり得るゲーム盤を用意して、それでもニンゲン同士が信じ合えるか試してたって、そういう単純な話です

 

…それで惨劇が発生して「やっぱニンゲンなんてロクでもねーです、あぅあぅ」で終われば良かったところを、あろうことか羽入がループさせてしまったのが恐らく全ての発端……

羽入がハッピーエンドで満足しないとルールXは消滅しないのに、ルールXのせいで羽入が望む結末を得られないというロジックエラーが発生し、嫌になって梨花に丸投げした…というのが旧作のシナリオなんじゃねーかな…というのが最近の考えです

 

羽入の疑心暗鬼を治すカウンセリングだったんですよ、ひぐらしって

 

そう考えると皆殺し編のラスト~祭囃し編も腑に落ちるんじゃないかと思います

このシナリオでは部活メンバーが互いを信じ合い結束できたものの、しかし羽入だけは最後まで彼らを信じ切れず、それが敗因となりました

 

で、レナに諭された羽入が奇跡を信じてゲーム盤に降り立ったのが祭囃し編です

なんで急に実体化してんねん? って感じですが、そもそもゲーム盤の意義から考えれば、梨花は羽入にゲームを押し付けられたから頑張ってただけで、本来の主人公は羽入のはず

…つまり羽入が実体化してる方が本来あるべきカタチなんですよ。だから当然、記憶継承も梨花じゃなくて羽入に行われると。そういうことなんです

 

そして部活メンバー全員が信じ合えたから大団円が訪れた…んですが、惨劇が再び発生したのが業卒の話

 

だって沙都子が梨花を信じられなくなったんだもの

 

マジでそういう単純なことなんですよ。そういう単純なところに大事なものが詰まってる

 

まあ沙都子は羽入と違ってニンゲンの信頼を試したりしません。ひたすらに梨花の意志をへし折って自分の理想に引きずり込もうとするだけです

 

そのために沙都子はH173を使用して様々な人物を強制発症させて惨劇を発生させました。だって自然発症しないんだもの…

 

ちょっと話は逸れるんですが、H173について語ってもいいですか?

羽入が自然発症の要因であるという前提で考察すると、かなり面白いアイテムなんですよねコレ

雛見沢症候群を発症させる」ことがGMたる羽入がゲーム盤を掌握している所以だとして、強制発症薬であるところのH173は羽入以外の存在がゲーム盤を掌握するためのアイテムに他ならないわけです

だから鷹野や沙都子が使用しているわけですね…

 

それでこの、沙都子によるH173による強制発症については「やっぱ天然(自然発症)に比べて味が劣るな~」みたいな感想も散見されます

ただそういう疑心暗鬼云々は、業卒の主題ではないんです。沙都子は別に梨花以外の人物に疑いを抱いてるわけではないですからね…

 

ここで、ひぐらし旧作のメインテーマとなる「絆・団結」あたりについて、もうちょっと掘り下げたいんですが、重要なのは「全員が同じ方向を見る」という点です

 

さて、うみねこには「黄金の真実」という概念が登場します

一言で表すならば「総意」です。地球が太陽の周りを回っていたとしても、全員が天動説を支持してる以上、太陽が回ってる方が「真実」だよね…みたいな話です

 

まあ、科学的事実がどうとかは関係ないんですよ

大事なのは「総意」。全員が同じ意見で同じ向きを見ていること

その「総意」によって生み出されるパワーが奇跡を招く…というのが、どうもWTCシリーズ(ひぐらしうみねこ・キコニア)の根底にあるのではと思います

 

話は戻って…

沙都子が自分の理想に梨花を連れ込もうとするのは「(一緒に雛見沢に留まるという)総意」を形成したいからです

もっとも総意と言っても、沙都子と梨花の二人だけの世界の話です

しかしそれが成立しなくなったからこそ彼女たちの宇宙は壊れてしまい、それをどうにかするのが業卒における彼女たちの課題なわけです

 

そして散々殴り合って殺し合って至った結論が「一旦、離れよう」

 

ルチーアに進学するとか、雛見沢に留まるとか、もう彼女たちにとってそんなのは些細なことで。広い世界でたった二人の「繰り返す者」である以上、離れても、別れても、時間も距離も関係なく、決して繋がりが途切れることはない…そういう共通認識、「総意」が二人の広大な宇宙で形成されたのが、業卒の最終話です

 

エウアがこの結末を奇跡と呼ぶのは、梨花と沙都子が鬼狩柳桜を用いることなく「同じ方向を見る」ことができたからなんですよね

 

鬼狩柳桜は「繰り返す者を殺す剣」と説明されていますが、その本質は排除・排斥なんじゃないかと思います

もしも最終話で梨花が沙都子を殺していたら、ルーパーとしての沙都子は消失し、そうなれば沙都子の「一緒に雛見沢に留まる」という意見は強制的に排除されるわけです

そして梨花の「一緒にルチーアに進学する」という意見だけが残り、それが「総意」となります。逆もまた然り

早い話が、「異なる意見を全部消せば、自分の意見で統一できるじゃん」を具現化した剣なんですよ、恐らく

 

だからこそ鬼狩柳桜は人の世に現れてはならないし、それを手にしながら行使しなかった古手梨花という女はエウアにとってありえない存在、まさに奇跡だったわけです

 

ひぐらし業卒、すごい話だ…